初詣
お正月記事三連発になります。
参拝者の混雑を避けて4日に初詣に出かけてきました。
今回は我が家の神棚が三社宮なもので氏神さまのお神札と家内安全のお札を祀ります。天照大神のお神札はそのまま使用します~ごめんなさいね。特段神道には凝っていませんが、家を新築したときに神棚を大工さんに作ってもらったので祀っています。いつもの水戸八幡宮は正月三が日を過ぎたので幾分空いていましたよ。
4日は湯清め神事が午後2時からあるようですが待っていられないので帰ってきました。
参拝者の混雑を避けて4日に初詣に出かけてきました。
今回は我が家の神棚が三社宮なもので氏神さまのお神札と家内安全のお札を祀ります。天照大神のお神札はそのまま使用します~ごめんなさいね。特段神道には凝っていませんが、家を新築したときに神棚を大工さんに作ってもらったので祀っています。いつもの水戸八幡宮は正月三が日を過ぎたので幾分空いていましたよ。
4日は湯清め神事が午後2時からあるようですが待っていられないので帰ってきました。
ここで水戸八幡宮の紹介を...
由緒要略
当宮は文禄元年(1592)佐竹義宣公によって創建されました。
義宣公は天正十八年(1590)に水戸城主の江戸氏を滅ぼし、翌十九年に常陸太田より水戸に居城を移し、その翌年の文禄元年(1592)に氏神として崇敬していた常陸太田鎮座の馬場八幡宮より、八幡大神を水戸城内に奉斎しました。のち八幡小路(現在の北見町)を聖域と定め、慶長三年(1598)に御本殿(国指定重要文化財)を建立し、水府総鎮守の社と定めました。
―慶長七年(1602)…佐竹氏が秋田へ移封され水戸は徳川家の所領となる。―
徳川の御代、元禄七年(1694)には二代藩主光圀公の寺社政策の命により、那珂西村(現城里町那珂西)へ御本殿始め移遷されましたが、宝永六年(1709)三代藩主綱條公の時代になり、正神主田所修理清澄をはじめ氏子等の請願により那珂西から再び水戸に遷座され、現在の白幡山神域に鎮斎されました。なお、水戸に再遷座される際、白鶴一羽が舞い降りて神域を卜定したと伝わります。
以来、水戸藩主代々の崇敬社で農・工・商の神、また厄除・子育て・戌亥年生まれの守護神として信仰されています。
~水戸八幡宮HPより
お早うございます、私も小吉でした。
これから出逢いへ。
by sarusan (2018-01-05 09:22)
あたしゃ新春初おみくじは、二年連続で凶でした。
by skekhtehuacso (2018-01-05 22:56)
遅くなりましたが、
あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。 (^O^)/。。
by 水郷楽人 (2018-01-06 08:47)